東京地方裁判所 昭和26年(ワ)2843号 判決
原告 松浦嘉七
被告 全日本造船労働組合
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「東京都練馬区下石神井一丁目二百十一番の八十四宅地三十七坪一合四勺、同所同番の八十五宅地五十一坪九合は原告の所有であることを確認する。被告が東京法務局所属公証人石崎皆市郎作成第九万三千八百七十五号公正証書の執行力ある正本に基き、昭和二十五年五月二十九日附前記不動産に対し、なした強制競売(東京地方裁判所昭和二五年(ヌ)第六八号事件)はこれを許さず、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、
被告は昭和二十五年五月二十九日東京地方裁判所に東京法務局所属公証人石崎皆市郎作成第九万三千八百七十五号債権者被告、債務者訴外江原正、譲渡人訴外大宮宗三郎間の債権譲渡契約公正証書の執行力ある正本に基き、前記土地の強制競売の申立をなし、同裁判所はこれを許容し、同日右土地につき強制競売開始決定をなし、同年六月二日強制競売申立の記入登記がなされた。
しかし右土地は原告が昭和二十五年四月十三日、訴外江原正から買受けてその所有権を取得し、同年五月十五日所有権取得登記を完了しているものである。よつて右訴外江原に対する右債務名義に基く強制執行を受忍すべく謂われがないから、こゝに原告は本件土地が原告の所有に属することの確認を求めると共に、これに対する右強制競売手続の排除を求めるため本訴請求に及んだ。
と述べ、
被告の主張に対し、訴外大宮宗三郎は本件土地の前所有者江原正の債権者であり、右大宮のために同人の右江原に対する債権の執行を保全するため右土地について同年四月二十八日附の仮差押登記がなされていること、及び被告が右訴外大宮より被保全債権を譲受けたことは認める。しかしながら、仮差押権者より該被保全債権を譲渡されたものは、右仮差押命令の承継執行文の付与を受けることによつてはじめて執行法上仮差押権者の地位を承継し得るものであるのに、被告は未だ該差押命令の承継執行文を付与されて居らないから、仮差押の効力をも承継していない。
その他法律上の見解として別紙(一)のように述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、
原告主張事実中、その主張の日被告が東京地方裁判所に対し本件土地につき強制競売の申立をなし同日同裁判所より競売開始決定を受けその旨の記入登記が昭和二十五年六月二日になされていること及び同年五月十五日原告が本件土地の所有権取得登記をなしたことは認めるが、爾余の事実は不知、
本件土地の所有権者は訴外江原正であつたが、昭和二十五年四月二十八日、訴外大宮宗三郎のために、同人の右江原に対する債権の執行を保全すべく本件土地に対し仮差押の登記手続がなされた。従つて仮差押債務者である右江原が仮差押物件たる本件土地を処分することは、仮差押債権者である右訴外大宮に対しては勿論、右大宮より被保全債権を譲り受けて仮差押債権者たる地位及び既に仮差押によつて生じた効力を承継した被告に対しても対抗し得ない。よつて右訴外江原より仮差押物件である本件土地を買受けた原告はその所有権取得を以て被告に対抗出来ないのである。
その他法律上の見解につき別紙(二)のように述べた。<立証省略>
三、理 由
被告が昭和二十五年五月二十九日東京地方裁判所に本件公正証書正本に基いて本件土地に対し強制競売の申立をなし、同日同裁判所が強制競売開始決定をなし、同年六月二日その旨の登記が経由されたこと、原告が本件土地につき同年五月十五日所有権取得の登記手続をしたこと、この登記以前に本件土地については訴外大宮宗三郎のために仮差押の登記の経由せられあること、右大宮より右仮差押による被保全債権の譲渡を受けたという被告が本件公正証書による強制執行の申立をするに際し右仮差押命令に承継執行文の附与を受けていないことは当事者間に争いがない。
よつて被保全債権の譲受人が、右仮差押登記後第三者の所有に帰した目的不動産に対し、仮差押命令についての承継執行文を得ることなしに、本債務名義に基く強制執行を有効になし得るか否かの点を検討してみよう。
仮差押命令が発せられた後、その執行が完了しない間に債権者に承継があつたときは、これに承継執行文の附記のない限り、承継人において、その執行をなし得ないことは、民事訴訟法第七百四十条の規定上明白であるが、既に仮差押命令の執行の完了後債権者に承継があつた場合には、特に承継人において、直接自ら仮差押命令の執行自体に関与する必要のある場合(例えば承継人において、目的物件につき換価命令を申請する如し)は格別、それ以外の場合にはこの承継執行文の附与を受けなくても、仮差押による債権保全の利益はこれを主張することを得るものと解する。従つて既に仮差押登記の完了後に被保全債権の譲受人が本案の債務名義を得てこれに基き目的不動産に対し本執行を開始するに際し、たとえ、右仮差押登記後右本執行前に第三者が目的不動産の所有権を取得した場合でも執行裁判所に対し、自己が被保全債権の承継人であることを立証さえすれば、執行裁判所は第三者所有の不動産に対し、強制執行開始をなし得べく、この第三者は被保全債権の承継人に対し自己の所有権を対抗し得ず従つてこの執行を拒否し得ないものというべきである。この際仮差押命令について改めて承継執行文の附与を要しない。この執行はもはや本執行のそれであり、仮差押命令の執行とは直接に関係しないからである。
もつとも原告の主張するように、被保全権利の承継において、保全の遡及的効力を否定する立場からすれば、被保全権利の承継人が仮差押の効力を援用するには必ず右承継執行文を得て自らもまた仮差押の執行をする必要があることは言うまでもないが、被保全債権の承継に右遡及的効力を否定することは成文上の根拠もなく、又実質的に見ても、右第三取得者は仮差押の登記後これを知つて取得したものといえるのであるから、その後仮差押に係る債権の移転によつて同人の利益に影響を及ぼさしめなくても決してこれに過酷な結果を来すものとは称し難く、被保全権利の承継につき遡及効を否定して不当に保全制度の目的を制限する必要はないからである。されば被保全権利に基く本執行の段階においてもその承継人に保全命令の承継執行文を必要とすることは、無用の手数を要求することである。また何等の実益のないものと称し得るのである。
以上の説示により原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却するものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の如く判決する。
(裁判官 柳川真佐夫)
別紙(一) 原告の法律上の見解
第一、仮差押は本案の請求と関聯のある場合に於てのみ本案の請求の執行を保全するの効力があるのであります。而して仮差押と本案の請求とが関聯ありと謂うが為には仮差押の当事者と本案の請求の当事者とが同一である事を必要とするのであります。本件に於ては昭和廿五年(ヨ)第一二八六号仮差押命令の債権者は大宮宗三郎であるのに反し昭和廿五年(ヌ)第六八号不動産強制競売申立事件の債権者は全国造船労働組合であり債権者が彼此異つて居りますから右仮差押事件と不動産強制競売事件とは相互に関聯が無いのであります。従つて右仮差押は本案の請求である右組合の請求権の執行を保全するの効力がないのでありまして、其結果本件競売不動産中の東京都練馬区下石神井一丁目二一一番の八四宅地三十七坪一合四勺及同所二一一番の八五宅地五十一坪九合に付原告松浦嘉七が既に昭和廿五年五月十五日所有権移転登記を受けた以上は其後である同年六月二日為された右不動産強制競売開始決定記入の登記は原告松浦嘉七に対し差押の効力を生じないものであると謂わざるを得ないのであります。何者本件仮差押と強制競売とは関聯がないから右所有権移転登記は仮差押に依る処分禁止の効力に違反するものとして同組合から否認せられないのであります。
第二、民事訴訟法第七百四十九条第一項に依れば仮差押命令を発した後債権の承継があつた場合には承継執行文を受ける事が出来ることになつています。だから若し右組合が同規定に基き承継執行文を受けたならば茲に始めて本件仮差押と不動産競売事件との間に関聯を生ずるのであります。
即ち民事訴訟法は本件の如き場合にも関聯を生ぜしめ得る途を拓いているのであるが、此手続を履践しない限り両者の間には関聯ありと謂う事は出来ないものと信ずるのであります。而して右承継たるや民事訴訟手続上の承継でありまして被告組合は公正証書に依る前主大宮から債権の譲渡を受けましたけれども這は実体法上の承継でありますから之と前記手続法上の承継とを彼此混同する事の許されないのは申す迄もないのであります。
第三、乍然民事訴訟法第七百四十九条第一項は仮差押命令の発せられた後、該命令の執行の開始せられるに至る迄の間に於てのみ承継執行文を付与する事を許したものであつて爾後に於ては之を許さないのであります。
此の事は文理上明かであります。加之民事訴訟法第七百四十八条但書、第七百四十九条に依れば仮差押命令の執行文の付与に関しては同法強制執行の規定の準用はないのであります。而して第七百四十九条に依れば仮差押の執行開始後に承継のあつた場合に付ては何等規定がありませんから此場合承継執行文の付与は許されないものと解すべきだと思います。
第四、仮令前項の解釈が容れられないものとしても今日に至つては被告組合は最早民事訴訟法第七百四十九条に依る承継執行文を受ける事を許されないのであります。
蓋し仮差押は本案の請求の債務名義がない場合に於て其の執行を保全するが為に為されたものでありますから既に本件の如く公正証書と云う本案の請求の債務名義が作成せられた以上、最早新に仮差押を為す事も、仮差押命令の承継執行文を受ける事も許さるべきで無い事は仮差押の使命に照し論を俟たぬ所であります。
第五、又現在に於て本件仮差押命令の承継執行文を受ける事が許されるとしても承継の効力は承継をした時から後に向つて生ずるものであつて、法律には遡及効を生ずる旨の明文が無いから本件仮差押の執行の効力を生じた昭和廿五年四月廿八日に遡つて承継の効力を生ぜしめる事は出来ないのであります。
何者訴訟行為は原則として将来に対してのみ効力を生ずるものであるからであります。
別紙(二) 被告の法律上の見解
(1) 仮差押によつて債務者は仮差押物件に対する処分を禁止される。これは動産であろうと不動産であろうとちがいはない。またこの禁止は仮差押債権者に対する関係においてだけのものではなく他の第三者に対する関係においても同様である。
(2) 不動産に対する仮差押の登記後当該不動産につき第三者が物権を取得した旨の登記をすることは、登記手続法上認められているが、この登記はその仮差押の執行が取消されてはじめてその物権取得の実体法上の効力を仮差押債権者並にその他の第三者に対抗し得ることの効果をもつているにすぎない。
(3) すなわち、仮差押の執行が取消される以前においては、たとえ仮差押不動産に対し第三者が物権を取得した旨の登記がなされていても、仮差押債権者はもちろん、それ以外の債権者も当該不動産に対し、当該債務者に対する強制執行として、競売申立をすることができる。
(4) もしこれができないとすれば、仮差押の効力を動産に対するばあいと不動産に対するばあいとを区別し、前者に対してはその執行取消あるまでは処分が禁止されているのに反し、後者についてはその執行取消以前でも仮差押債権者以外のものに対する関係においては処分が禁止されていないという理くつを肯定することになるが、このような区別を設けることには何らの合理性がない。